MINI好きの会社 合同会社MINIBAKKA

「何を言ったかより、誰がそばにいたか。」

人を励まそうとすると、つい言葉を探します。

「頑張って」

「大丈夫だよ」

「きっとうまくいくよ」

何か気の利いたことを言わなければ。

相手を元気にする言葉を見つけなければ。

でも、長く生きていると、言葉なんてほとんど覚えていないのに、

「あの時、あの人がそばにいてくれた。」

ということだけは、ずっと覚えていることがあります。

今日の「夜もっち」を書きながら、そんなことを考えていました。

だいふくーたちは、そんなにしゃべらない。

「もっちもちMochies」を作り始めた頃は、キャラクターだから何かしゃべらせなきゃ、と考えることもありました。

でも15話まで旅を続けてきて、少し変わりました。

だいふくーと仲間たちは、そんなにたくさん話さなくてもいい。

一緒に景色を見る。

隣にいる。

同じ道を少し歩く。

そして別れる。

それだけでも、物語になる。

むしろ何も言わない場面の方が、僕は好きだったりします。

へんばーが、旅立っていくだいふくーを見送る。

だいふくーが振り返る。

そこに長いセリフはいらない。

「またね。」

それさえ、なくてもいいかもしれません。

振り返ったということ自体が、言葉だから。

本当にしんどい時、「頑張れ」は届かないこともある。

誰かが大変そうな時、僕たちは何か言ってあげたくなります。

でも相手が本当にしんどい時って、どんな言葉も入ってこないことがあります。

正しい言葉。

立派な言葉。

前向きな言葉。

そんなものより、

一緒にご飯を食べてくれた。

黙って話を聞いてくれた。

いつも通り接してくれた。

そんなことの方が、あとになって残る。

人は必ずしも、

「正しい答え」を求めているわけではない。

ただ、

「ひとりじゃない」

と思いたい時があるんですよね。

33年間の会社員生活でも、残っているのは人だった。

33年間会社に勤めて、いろんな仕事をしました。

数字もありました。

目標もありました。

評価もありました。

もちろん、仕事ですから結果は大切です。

でも会社を離れてみると、不思議なものです。

細かな数字は、どんどん忘れていく。

何年の何月にどんな成績だったかなんて、ほとんど覚えていません。

ところが、人のことは残っています。

一緒に笑った人。

困った時に声をかけてくれた人。

何も言わず助けてくれた人。

そして、自分が大変だった時にそばにいてくれた人。

結局、人生の最後に残っていくのは、案外そういうものなのかもしれません。

家族なんて、もっとそうかもしれない。

毎日一緒にいると、特別なことなんてほとんどありません。

「おはよう。」

「行ってきます。」

「ご飯どうする?」

そんな会話ばかりです(笑)。

映画みたいな感動的なセリフなんて、そうそうありません。

でも、それでいい。

同じ家に誰かがいる。

帰ってきたら誰かがいる。

くだらない話をする。

たまにはケンカもする。

それも含めて、何年、何十年と同じ時間を過ごしていく。

それ自体が、実はものすごいことなんですよね。

特別な言葉を交わした日より、

何でもなかった一日の方が、あとから懐かしくなる。

Mochiesの、

「なんでもない日が、いちばんいい。」

という言葉にも、やっぱりつながります。

SNSでは、どうしても「言葉」が主役になる。

毎日SNSをやっていると、

どう書けば伝わるだろう。

どんな言葉なら読んでもらえるだろう。

何を書けば反応してもらえるだろう。

考えます。

僕も毎日考えています。

でもMochiesを作っていて、最近もう一つ感じています。

キャラクターには、言葉とは違う力がある。

だいふくーが笑っている。

仲間の隣にいる。

誰かを見送っている。

それだけで何かを感じてもらえることがある。

だから僕は、Mochiesを単なる「かわいいキャラクター」だけにはしたくありません。

見た人が自分の記憶を少し重ねられる存在にしたい。

「ああ、こんな友達いたな。」

「あの人、元気かな。」

「久しぶりに連絡してみようかな。」

そんな小さな気持ちが生まれたら、すごく嬉しい。

優しさって、案外静かです。

本当の優しさって、派手じゃないのかもしれません。

「私が助けてあげた。」

なんて言わない。

相手に恩を感じさせない。

困っていたら、ちょっと横にいる。

必要なら手伝う。

必要なければ何もしない。

そして、また普通に戻る。

僕は、そんな優しさが好きです。

だいふくーにも、そういうキャラクターでいてほしい。

誰かを救うヒーローではない。

ものすごい力もない。

白くて、丸くて、もちもちしているだけ(笑)。

でも、

気づけば隣にいる。

それで十分なんじゃないかな。

58歳になって、会えること自体の価値が変わった。

若い頃は、

「またいつでも会える。」

と思っていました。

友人でも、家族でも、仕事仲間でも。

でも年齢を重ねると、

「また今度」が必ずあるわけではないことも分かってきます。

だから最近は、何を話したかより、

会えたことそのもの

の方が大事なのかもしれないと思います。

うまいことを言えなくてもいい。

気の利いた話なんてしなくてもいい。

同じ場所にいて、一緒に笑えた。

それだけで、その日は結構いい日です。

だから、会いたい人には会っておこう。

今日のブログで一番書きたかったのは、これかもしれません。

もし、

「久しぶりに会いたいな。」

と思い浮かんだ人がいるなら。

理由なんてなくていい。

何か用事を作らなくてもいい。

「元気?」

だけでもいい。

会えるなら、会えばいい。

特別な話なんてしなくてもいい。

コーヒーを飲んで、

昔話をして、

くだらないことで笑って、

「じゃあ、また。」

それでいい。

その時間が、何年か後には大切な記憶になっているかもしれません。

だいふくー、今日も誰かの隣へ。

旅をしているだいふくー。

これからも、たくさんの仲間に出会います。

全部の出会いに、大きな事件はいらない。

全部の別れに、感動的な言葉もいらない。

同じ景色を見た。

一緒に笑った。

少しだけ同じ道を歩いた。

そして、

別れ際に振り返った。

それだけでいい。

人生だって、きっと同じです。

何を言ったかなんて忘れてしまっても、

「あの時、そばにいてくれた。」

という記憶は残る。

だから今日は、うまいことを言えなくても大丈夫。

大切な人の隣にいられたなら、それで十分。

何を言ったかより、
誰がそばにいたか。

そして今日も、

なんでもない日が、いちばんいい。🍡

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