MINI好きの会社 合同会社MINIBAKKA

「おかえり」と言ってくれる人がいる。それだけで、また歩き出せる。

「ただいま。」

旅の途中、だいふくーが懐かしい町に立ち寄りました。

「おかえり!」

ずんだーが、いつもの笑顔で迎えてくれます。

久しぶりなのに、昨日も会っていたような気がする。

何か特別なことを話すわけでもない。

ただ、顔を見て笑う。

それだけで、だいふくーの心は少し軽くなりました。

今日の「夜もっち」は、そんなお話です。

書きながら、ふと思いました。

人は、帰る場所があるから、遠くまで行けるのかもしれない。

今日は、そんなことを書いてみたいと思います。

⸻

「ただいま」は、当たり前の言葉だった。

子どもの頃、学校から帰ると「ただいま」と言いました。

家の中から「おかえり」と声が返ってくる。

それが普通でした。

特別に嬉しいとも思わない。

感謝することも、あまりなかった。

毎日繰り返される、ごく普通のやり取りです。

でも、年齢を重ねると、その普通がどれほどありがたいことだったのか、少しずつ分かってきます。

帰る場所がある。

自分を待っている人がいる。

今日一日、どんなことがあっても、そこへ戻ればいつもの自分になれる。

考えてみれば、とても幸せなことです。

そして、その幸せは、失いかけたり、離れて暮らしたりして初めて気づくこともあります。

33年間、外で戦っていたつもりだった。

僕は33年間、会社員として働いてきました。

仕事には責任があります。

目標があります。

結果を求められます。

うまくいく日もあれば、思うようにいかない日もあります。

自信を持って帰れる日ばかりではありません。

むしろ、考え事を抱えたまま帰宅する日もあったと思います。

でも、家に帰れば、会社での肩書きは関係ありません。

今日の成績が良かったからといって、家族の中で偉くなるわけでもない。

失敗したからといって、家に入る資格を失うわけでもない。

当時は、そんなことを深く考えていませんでした。

仕事をして、帰って、また翌朝出かける。

それが日常でした。

でも、今振り返ると、あの何気ない繰り返しに支えられていた部分が、ずいぶんあったのだと思います。

外で頑張れるのは、帰った時に頑張らなくてもいい場所があるから。

そんなことに、今になって気づきます。

会社を辞めると、帰る場所の意味も変わった。

会社員だった頃には、毎朝向かう場所がありました。

会社です。

そこには、仕事仲間がいて、役割があり、やるべきことがありました。

長い間、それが生活の中心でした。

ところが、会社を辞めると、その日常がなくなります。

朝になっても、会社へ行く必要はありません。

会議の予定もない。

誰かから指示されることもない。

自由になったはずなのに、最初は不思議な感覚があります。

33年間、当たり前に所属していた場所から離れる。

それは、単に仕事を辞めるということ以上の変化でした。

自分の居場所を、自分で作り直す。

そんな時間が始まったのだと思います。

そして僕は、MINIBAKKAを立ち上げました。

MINIBAKKAも、誰かの帰る場所になれたら。

MINIという車が好きです。

ローバーミニも、BMW MINIも。

あの小さな車には、不思議な魅力があります。

単なる移動手段ではない。

乗っているだけで、ちょっと気分が変わる。

駐車場で同じMINIを見つけると、つい目が向く。

知らない人の車なのに、どこか親近感が湧く。

そんな車です。

MINIBAKKAを始めた時、商品を作って売ることを考えました。

もちろん、会社ですから売上は大切です。

利益を出さなければ、続けられません。

でも、最近はもう一つ考えるようになりました。

MINIBAKKAという名前を見た時に、

「ああ、ここにはMINI好きがいる。」

と思ってもらえたら嬉しい。

ローバーミニに乗っている人も。

BMW MINIに乗っている人も。

長年乗り続けている人も。

これから乗ってみたい人も。

同じものを好きだというだけで、自然に集まれる場所。

そんなブランドになれたらいいなと思っています。

商品を買ってもらうことは、その先にある関係の始まりなのかもしれません。

もちろん、理想だけでは商売はできません。

だからこそ、きちんと商品を作り、届け、続けていく。

その積み重ねが、いつか居場所になるのだと思います。

だいふくーには、帰る場所が必要だった。

「もっちもちMochies」を作り始めた時、だいふくーは旅に出る主人公でした。

白くて丸い、小さなお餅。

日本中を旅して、各地のお餅に出会う。

それぞれの土地には、それぞれの味がある。

形も、色も、作り方も違う。

だいふくーは、その違いを知りながら旅を続けています。

でも、物語を作っているうちに、気づいたことがあります。

旅をする主人公には、出会う相手だけでなく、帰っていける相手も必要なのではないか。

もちろん、いつも同じ町に戻る必要はありません。

同じ家に住む必要もありません。

ただ、

「久しぶり!」

「元気だった?」

「おかえり!」

そう言ってくれる仲間がいる。

それだけで、旅の意味が少し変わる気がします。

新しい場所へ行くことだけが旅ではない。

懐かしい場所へ戻ることも、旅の一部なんですね。

ずんだーの「おかえり」。

今日の物語では、ずんだーに登場してもらいました。

だいふくーが旅の中で出会った、大切な仲間です。

ずんだーは、だいふくーが何かを成し遂げたかどうかなんて聞きません。

「どれだけ遠くまで行ったの?」

「何人の仲間ができたの?」

「有名になった?」

そんなことは言わない。

ただ、

「おかえり!」

と笑う。

僕は、そんな関係が好きです。

人は、いつも成長していなければならないわけではありません。

何かを達成していなければ、会ってはいけないわけでもありません。

失敗した日もある。

何もできなかった日もある。

思いどおりに進まなかった日もある。

それでも、

「おかえり。」

と言ってもらえる。

成果ではなく、存在そのものを迎えてくれる。

そんな相手がいることは、人生の大きな支えになると思います。

家族の「おかえり」は、簡単そうで難しい。

家族というのは、不思議なものです。

近くにいるからこそ、感謝を言葉にしないことがあります。

いつも顔を合わせているから、改めて話すことも少なくなる。

仕事が忙しかった頃は、帰宅しても頭の中が仕事でいっぱいだったことがありました。

せっかく家に帰っているのに、心はまだ会社にいる。

そんな日もあったと思います。

今になって考えると、もっと話しておけばよかったこともあるでしょう。

もっと一緒に過ごせばよかった時間もあるかもしれません。

でも、過ぎた時間を取り戻すことはできません。

できるのは、これからの時間を少し変えることです。

「おかえり。」

「ただいま。」

「お疲れさま。」

「ありがとう。」

特別な言葉ではありません。

でも、そういう言葉を丁寧に交わせる日常を、大切にしたいと思います。

親の介護を考えると、もう一つの「帰る場所」が見えてくる。

親の介護に向き合うようになると、「家」という言葉の意味も変わってきます。

長年暮らしてきた家。

家族と過ごした場所。

思い出の詰まった部屋。

年齢を重ねると、住み慣れた家で暮らし続けることが難しくなる場合もあります。

僕自身、母の施設を探すために、30施設以上を見て回りました。

費用。

設備。

介護体制。

職員の対応。

もちろん、どれも大切です。

でも、施設を見学しているうちに、数字や設備だけでは測れないものがあると感じました。

そこに暮らす人が、安心して過ごせるか。

自分の居場所だと思えるか。

毎日を、必要以上に緊張せずに過ごせるか。

つまり、建物が立派かどうかだけではなく、そこが「帰る場所」になれるかどうかです。

家とは、住所だけで決まるものではない。

そう考えるようになりました。

「帰る場所」は、家だけとは限らない。

人によって、心が落ち着く場所は違います。

昔から通っている喫茶店。

顔なじみのいるお店。

趣味の仲間が集まる場所。

久しぶりに連絡しても、いつもどおり話せる友人。

そういう場所や関係も、一つの「帰る場所」なのだと思います。

そして、今の時代には、画面の向こうにも居場所があるのかもしれません。

毎日見ている投稿。

楽しみにしている物語。

お気に入りのキャラクター。

一日の終わりに、少しだけ会いに行きたくなる世界。

僕は、Mochiesにもそんな可能性があると思っています。

夜9時になったら、

「今日は、だいふくー何してるかな。」

と、ふと思ってもらえる。

投稿を見て、少し笑う。

少し気持ちが軽くなる。

また明日も見てみようと思う。

大げさなことではありません。

でも、毎日続けることで、そんな小さな居場所を作れるかもしれない。

物語の中に、帰ってこられる場所を作りたい。

Mochiesを、ただキャラクターが増えていく作品にはしたくありません。

もちろん、各地のお餅を登場させるのは楽しいことです。

その土地の歴史や文化を知ることも面白い。

でも、それだけでは図鑑のようになってしまいます。

僕が作りたいのは、物語です。

だいふくーが笑う。

悩む。

知らないものに驚く。

誰かを好きになる。

別れを寂しく思う。

そして、懐かしい仲間に再会して、ほっとする。

そういう感情があるから、読んでくれる人も一緒に旅をしている気持ちになれるのだと思います。

いつか、子どもたちがMochiesを読んで、

「だいふくーに、また会いたい。」

と言ってくれたら嬉しい。

大人になってから、ふと思い出してくれたら、もっと嬉しい。

読み終わっても、また戻ってきたくなる物語。

そんな作品を目指したいと思っています。

58歳。これからは「迎える側」にもなりたい。

若い頃は、どこへ行くかを考えることが多かった気がします。

どんな仕事をするか。

どんな場所で働くか。

どこまで進めるか。

どんな成果を出すか。

前へ進むことが大切でした。

もちろん、今も前へ進みたいと思っています。

MINIBAKKAを育てたい。

Mochiesを広めたい。

小説も続けたい。

まだまだ挑戦したいことがあります。

でも、58歳になった今、もう一つの役割もあるのではないかと思います。

それは、誰かを迎える側になることです。

自分が頑張るだけではなく、誰かが戻ってきた時に、

「おかえり。」

と言える人になる。

誰かが迷っている時に、少し話を聞ける人になる。

頑張っている人に、

「お疲れさま。」

と言える人になる。

そんなことも、これからの人生では大切にしたい。

だいふくー、また旅に出よう。

ずんだーと再会しただいふくー。

懐かしい町で、少し休みました。

一緒に笑って、昔の話をして。

気がつくと、もう夕方です。

「そろそろ、行くね。」

だいふくーが言います。

ずんだーは笑って答えます。

「うん。またおいで。」

今度は、いつ会えるか分かりません。

でも、だいふくーは知っています。

ここへ来れば、ずんだーがいる。

いつもの笑顔がある。

それだけで、次の町へ向かう足取りが少し軽くなります。

僕たちも、同じなのかもしれません。

帰る場所があるから、挑戦できる。

待っていてくれる人がいるから、失敗しても立ち上がれる。

そして、自分も誰かにとって、そんな存在になれたらいい。

「おかえり」と言ってくれる人がいる。それだけで、また歩き出せる。

だいふくー。

明日は、また知らない町だね。

どんな仲間に会えるだろう。

どんな景色が待っているだろう。

疲れたら、少し休めばいい。

そして、また懐かしい場所へ帰っておいで。

今日も、もちもち。🍡

なんでもない日が、いちばんいい。

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