だいふくーは、日本を旅しています。
いろいろな町へ行き、その土地のお餅と出会う。
ずんだ餅、みたらし団子、柏餅、磯辺餅、道明寺、葛餅。
旅を続けて、出雲ぜんざい、梅ヶ枝餅、へんば餅、あぶり餅へ。
「もっちもちMochies」を作り始めた頃は、
日本各地のお餅をキャラクターにしたら面白い。
そんな気持ちが大きかったと思います。
でも15話まで物語を書いてきて、少し変わってきました。
最近は、
だいふくーは、本当は何を集めながら旅をしているんだろう。
そんなことを考えるようになりました。
お餅を集める旅ではなかった。
だいふくーは、旅先のお餅を持って帰るわけではありません。
出会って、話して、一緒に過ごして、そして別れる。
次の町へ向かいます。
だから、旅を続ければ続けるほど荷物が増えるわけではない。
でも、見えないところでは確実に増えているものがあります。
思い出です。
一緒に笑ったこと。
隣にいてくれたこと。
言葉にしなくても分かり合えたこと。
そして、
「じゃあ、またね」
と別れた時の、ほんの少しの寂しさ。
そういうものを一つずつ心に入れて、だいふくーは次の町へ向かっている。
考えてみれば、それは僕たちの人生にも少し似ています。
昔のことほど、何気ない場面を覚えている。
人生を振り返った時、不思議なことがあります。
大きな出来事はもちろん覚えています。
でも、それ以上に突然思い出すのは、
誰かと食べたものだったり、
何気なく歩いた道だったり、
くだらないことで笑った時間だったりします。
その時は、特別な一日だなんて思っていない。
写真さえ残っていないかもしれない。
なのに何十年経っても、ふとした瞬間に思い出す。
人間の記憶って面白いですね。
大切だったから覚えているというより、あとになって大切だったと気づく。
そんな時間があるような気がします。
「なんでもない日が、いちばんいい。」
Mochiesの定番フォームに、この言葉を入れるようになりました。
「なんでもない日が、いちばんいい。」
最初は、Mochiesの優しい雰囲気に合う言葉だと思っていました。
でも物語を続けているうちに、この言葉の意味が少しずつ変わってきました。
何か特別なことが起こらなくてもいい。
誰かと一緒にご飯を食べる。
「おはよう」と言う。
くだらない話をする。
笑う。
そして一日が終わる。
そんな日は、その瞬間には「普通の日」です。
でも、いつか振り返った時、
実は一番幸せだったのは、そういう日だった。
と思うことがあるのかもしれません。
だいふくーの旅にも、終わりはある。
いつか日本一周が終われば、だいふくーも帰るのでしょう。
その時、何を持って帰るのか。
たくさんのお土産ではないと思います。
ずんだーの顔。
みたらんたちと過ごした時間。
さくらんとの出会い。
出雲で食べたぜんざい。
伊勢の道。
京都で見た景色。
そして、旅の途中で交わしたたくさんの言葉。
形のないものばかりです。
でも、もしかすると、
形のないものほど、最後まで残るのかもしれません。
作っている僕にも、思い出が増えている。
そして最近、もう一つ気づきました。
思い出が増えているのは、だいふくーだけではありません。
僕自身もそうです。
「あのキャラクターは何度も描き直したな」
「これは形が違った」
「顔がないやん(笑)」
「お椀に顔はいらないな」
そんなやり取りまで含めて、一話一話に思い出ができています。
最初は一枚の絵だったMochiesが15話になった。
キャラクターが増えた。
定番フォームができた。
そして最近は、TikTokで絵がつながり、少しずつ動き始めた。
まだ完成ではありません。
むしろ、まだ途中です。
だからこそ面白い。
今日という日は、たぶん普通の日。
ものすごく大きな出来事があったわけではありません。
でも、今日もMochiesを投稿した。
だいふくーのことを考えた。
そして、このブログを書いている。
たぶん明日になれば、また次のことを考えているでしょう。
そんな普通の一日です。
でも何年か後、
「あの頃、毎日だいふくーを作ってたな」
と、この時間を思い出す日が来るかもしれません。
そう考えると、普通の日も少し違って見えます。
人生という旅で本当に持って帰れるものは、
お金でも、物でもなく、
最後は「誰と、どんな時間を過ごしたか」なのかもしれません。
だから、今日もこの言葉で終わります。
なんでもない日が、いちばんいい。
だいふくーの旅は、明日も続きます。🍡
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